2004年、落合新監督を迎えて始まったシーズンは9月開始の時点でドラゴンズが2位巨人に5.0ゲーム差をつけて首位を走っていた。
そんな激しいペナントレースの最中、とある投手がVサインのチョキを出して、先発投手に内定するということが起こった。
2004年9月11日 広島戦
前日の9月11日は、30歳ながらも主力選手とは言い難い平松が先発だった。
この日は広島相手に序盤、あっさり2点を献上し、もし2024年までの貧打のドラゴンズならば負け確定ともいえる試合運びとなった。
しかしかつてのドラゴンズは2024年ほど貧打ではなかった。
5回裏に広島先発の河内を攻め立て、3点を奪い取る。
結果として3対2で広島戦の初戦を白星で飾った。
この勢いを殺したくないドラゴンズは12日、とある方法で先発投手を決めることになる。
誰が先発するか、じゃんけんで決めよう!
平松で勝った翌日の9月12日ナゴヤドーム広島戦。
この日の落合監督は、若手の山井、長峰、久本の3投手に3イニングずつを投げさせようというゲームプランニングをしていた。
誰が先発するかは当時の森繫和コーチにいつも通り一任した。
森コーチは、リリーフタイプの久本を後ろに投げさせることとして、山井と長峰のどちらかを先発にと考えていた。
さんざん迷ったあげく、結果2人にじゃんけんをさせ、勝った方を先発にすることとした。
ここで山井はVサインを連想してチョキを出した。長峰はパーだった。
かくして12日の先発投手は山井に決まったのだった。
3人もいらなかったな。
先発として登板した山井は好調。元々調子にムラがあるタイプで、2007年の日本シリーズのように完全試合をするような投球をしたかと思うと、あっさり打たれまくるみたいなこともある選手だった。
この日は良い方の山井が出て、7回一死までまさかのノーヒットピッチング。
打線も広島先発の小山田から2点をもぎ取り、2対0でまさかの完封勝利をおさめた。
運も実力のうち?
山井はこの試合の後も、9月25日の横浜スタジアム横浜戦で先発し、勝利投手になっている。
さらには同年の日本シリーズ第4戦にも先発し、こちらでも勝利を挙げている。
当時はまだ海のものとも山のものとも知らない若手投手だったが、このじゃんけん登板がきっかけか、ドラゴンズで活躍するようになっていく。
その後に最多勝を獲得したり、引退後はコーチになったりと成功した投手人生を送ることになった。
