中日ドラゴンズのブルペンを長年支え続けた投手として、祖父江大輔の存在は多くのファンの記憶に刻まれています。
2014年に中日ドラゴンズへ入団して以降、2025年に現役を引退するまで、祖父江大輔は一貫してリリーフ投手として起用され続け、通算509試合登板という記録を残しました。
その登板のすべてが救援登板であったことも、プロ野球史の中で特筆すべき事実です。
祖父江大輔は愛知県名古屋市出身で、愛知高校、愛知大学、トヨタ自動車を経てプロ入りした、いわゆるオールドルーキーでした。
社会人野球を経て26歳でドラフト指名を受けた経歴は、即戦力としての完成度を求められる立場でもありました。
その後12年間にわたる中日ドラゴンズでのキャリアは、複数の監督の下で役割を変えながらも、一貫して「信頼される中継ぎ投手」という評価を保ち続けた時間だったといえます。
〇基本情報
名前:祖父江大輔(Sobue Daisuke)
経歴:愛知高校(2003-2006)→愛知大学(2006-2010)→トヨタ自動車(2010-2013)→中日ドラゴンズ(2014-2025)
ポジション:投手
ドラフト順位:5位

〇ドラゴンズでの活躍
谷繁元信監督時代
祖父江大輔が中日ドラゴンズでプロとしてのキャリアをスタートさせたのは、谷繁元信が選手兼任監督を務めていた2014年です。
同年4月4日の読売ジャイアンツ戦で一軍デビューを果たし、プロ1年目から54試合に登板しました。
この数字は、当時の中日投手陣の中でも多い部類に入り、首脳陣が早い段階から祖父江大輔をリリーフ要員として信頼していたことを示しています。
登板内容を見ると、防御率は3点台でしたが、大崩れする試合は少なく、主に中盤以降のイニングで試合を立て直す役割を担いました。
2015年、2016年も一軍での登板を重ね、2016年には16試合連続無失点を記録しています。
谷繁監督時代の祖父江大輔は、勝ち試合の終盤を任される存在というより、接戦やビハインドの場面で安定して投げ切る中継ぎとして、ブルペンの厚みを支える役割を果たしていました。
森繁和監督時代
2017年から監督に就任したのが森繁和です。この時期の祖父江大輔は、登板数こそ30試合から50試合前後と安定していましたが、登板場面の重要度が徐々に高まっていきました。
2017年4月20日の阪神戦では、プロ入り後142試合目にして初勝利を挙げています。
この初勝利は、セ・リーグの球団のみに在籍した投手としては極めて遅い記録でしたが、あくまで救援に徹してきた投手であることの裏返しでもありました。
森繁和監督時代には、祖父江大輔は勝ちパターンの一角を担う場面も増え、ホールド数も安定して積み上げています。
特に2018年には51試合に登板し、セットアッパー的な役割での起用が定着しました。
この時代の祖父江大輔は、立場としては明確な抑えではありませんが、「試合の流れを渡さない中継ぎ」として、首脳陣に計算される存在となっていました。
また祖父江といえば、マウンドに上がると打者を睨みつけるような眼力を見せた投手でもありました。
与田剛監督時代
2019年から始まった与田剛監督時代は、祖父江大輔のキャリアの中でも特に重要な期間です。2019年は44試合に登板し、リリーフ陣の一員としてシーズンを通じて起用されました。
祖父江に関しては毎年30試合以上を継続して登板しているため、契約更改の場で「成績だけでなく毎年の登板数も評価してほしい」と訴えました。
この件については公開された祖父江の年俸が低かったことから、メジャーリーグで活躍していたダルビッシュ有投手がSNS上で「球団の査定基準が知りたい。こんな年俸じゃ夢を持てない」旨の発言をしました。
この発言が取り上げられ、祖父江は交渉の末に年俸上昇を獲得しています。
そして2020年、祖父江大輔は自身のキャリアで最高のシーズンを迎えます。
2020年シーズン、祖父江大輔は54試合に登板し、28ホールドポイントを記録しました。
この成績により、最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得しています。この年の中日ドラゴンズでは、祖父江大輔、福敬登、ライデル・マルティネスの3人で形成された「大・福・マル」という勝利の方程式が確立され、祖父江大輔はその7回を任される投手として機能しました。防御率1点台という数字は、内容の安定性を裏付けています。
続く2021年も55試合に登板し、前年の活躍が一過性のものではなかったことを示しました。
立浪和義監督時代
立浪和義が監督に就任した2022年以降、祖父江大輔はベテラン投手としてブルペンを支える立場に移行します。
登板数は年によって変動しましたが、2022年には46試合、2023年には45試合に登板しています。
チーム状況や若手投手の台頭もあり、毎年決まった役割ではありませんでしたが、接戦時には起用され続けました。
この時期の祖父江大輔は、数字以上に「経験値」を評価されていた投手であり、ブルペン内での役割も若手を支える存在でした。
井上一樹監督時代
2025年シーズン、祖父江大輔は19試合に登板しましたが、シーズン途中で出場機会が減少します。同年9月、球団から来季構想外であることを伝えられた後、現役引退を決断しました。
最後は「中日ドラゴンズで終わりたい」という本人の希望どおり、引退の道を選んでいます。
引退会見では後輩の大野雄大らが登場し、祖父江の前でちょっとしたコントを披露しました。
9月20日の東京ヤクルトスワローズ戦が、祖父江大輔の現役最後の登板となりました。
同じ日に岡田俊哉も引退試合を行っており、試合終了後に岡田はチームメイトによって胴上げをされますが、いざ次は祖父江の番となる前に、チームメイトは解散し、祖父江はマウンドに寝転がって胴上げを求めていました。最後まで周囲に笑いを振りまく選手でした。
〇引退後
引退後の祖父江大輔は、2025年6月より母校である愛知大学特別客員教授、2026年からは愛知大学の公式アンバサダーに就任し、学生や地域へのメッセージを発信する活動を行っています。また、トークイベントや講演会にも出演し、自身の経験を語る場を設けています。
