2004年の日本シリーズは中日ドラゴンズVS西武ライオンズで、3勝4敗で西武ライオンズが日本一を飾りました。
今でも勝敗のターニングポイントとして語られるのが、第3戦の岡本真也続投の采配です。
その場面で何があったのか、見ていきたいと思います。
日本シリーズ第3戦までの軌跡
2004年の日本シリーズは、1999年以来、5年ぶりの優勝を飾ったドラゴンズと、2004年シーズンはパ・リーグ2位ながらも、1位の福岡ダイエーホークスをプレーオフで破って勝ち上がってきた西武ライオンズとの闘いとなりました。
日本シリーズ初戦、ドラゴンズはエースの川上憲伸を先発に立てます。
一方対するライオンズは、大方の予想であったエース松坂大輔ではなく、石井貴を先発のマウンドに送りました。
ドラゴンズは2点を先制されるが、5回の裏、一死一塁の場面で谷繁がホームプレートの前でスピンする打球を放ちます。
球審はその打球に「フェア」のジェスチャーをしたことで、谷繁は一塁に走り出します。この時に西武のキャッチャー野田が谷繫にタッチをし、球審は「アウト」をコールしましたが、実際はタッチは空振りしており、「アウト」のコールも野田は聞こえていませんでした。
野田は二塁に送球し、二塁は塁審によりフォースアウト扱いがされましたが、谷繫のアウトが成立したのならば二塁はタッチが必要であり、二塁はセーフになるはずです。
そのことで中日の落合監督は抗議をし、西武の伊東監督を巻き込んでの騒動となり、結果日本シリーズ史上二番目の長さとなる49分の中断となりました。
試合は0対2のままドラゴンズが敗戦。まずは西武に白星が付きました。
シリーズ第二戦は日本シリーズで一度も勝ったことがない中日・山本昌と、西武のエース松坂の対決となりました。
また落合監督は昨日のスタメンから3人を入れ替えるという大胆な起用を行います。
試合は西武がホセ・フェルナンデスのツーランで2点を先制。その後3回裏にドラゴンズが3点を取り逆転しますが、再び西武が点を重ねて3対6となります。
しかしドラゴンズは西武のエース松坂を打ち崩し、立浪の逆転スリーランなどで大量得点を得、11対6で西武を下し、対戦成績を1勝1敗に戻しました。
1勝1敗で迎えた日本シリーズ第3戦
日本シリーズ第3戦は舞台を西武ドームに移し、西武先発は帆足和幸、ドラゴンズ先発はドミンゴで始まりました。
両投手は好投し、3回までは何事もなく淡々と進みます。
試合が動いたのは4回、西武がドミンゴを攻略し、先制。その後5回には中島にもソロホームランが飛び出し、4点をリードします。
しかしドラゴンズは6回表、先頭の荒木からヒットや四球で1点を返します。
その後満塁にすると、谷繁の満塁ホームランで一挙5点。4対5と逆転に成功します。
7回表にドラゴンズはさらに1点を追加し、あとは盤石な投手陣に任せれば勝てるといった試合でした。
しかし7回裏、セットアッパーとして登板した岡本真也がピリッとせず、1死から西武・中島にツーベースを許します。
西武は代打・石井義人をコール。ここで落合監督はマウンドに足を運びました。
本当は交代の予定だった、岡本の続投
マウンドに足を運んだ落合監督は、岡本に代えて高橋聡文をマウンドに送る予定でした。高橋は「代打が来たらいくぞ」と言われており、ブルペンを出てきました。
「ああ、交代か……」
岡本はブルペンから出てきた高橋をみてそう悟ります。
しかし落合監督が岡本にかけた言葉は予想外のものでした。
「どうだ?まだ、いけるか?」
岡本は唖然としながらも、投手として当然の答えをします。
「まだ、いけます。」
この結果、落合監督は投手交代を指示せず、ベンチに戻ってきます。
一体何があったのか。実はマウンドに足を運んだ落合監督は、集まったドラゴンズ野手陣に「このまま岡本で行かせてください」と懇願されたといいます。
監督がマウンドから去った後、サードを守っていた立浪が岡本に近寄りこう言いました。
「今年はお前で勝ってきたんだ。ここはお前に任せるぞ。」
ターニングポイントになった岡本続投
続投した岡本はしかし、残念ながら結果を出すことができませんでした。
代打で出てきた石井義人を四球で歩かせると、続く高木浩之には死球を与え満塁に。
その後佐藤友亮に同点二塁打を浴びますが、落合監督は動きません。
結果、この回6失点で西武に逆転を許し、そのまま同試合を落としました。
試合後、落合監督は
「何も話すことは無い。選手たちは、よくひっくり返してくれた。それでも負けたのは監督のミス。
動いてはいけないところで動いて、選手に余分なプレッシャーをかけてしまった」
それだけ言って、球場を後にしました。
2004年日本シリーズの結果
日本シリーズ第4戦は山井が先発して2対8で西武に勝利。ドラゴンズは再び2勝2敗のタイに持ち込みます。
第5戦はドラゴンズ打線が火を噴き、1対6で勝利。日本一に王手をかけました。
ナゴヤドームに戻って迎えた第6戦。先発はドラゴンズ山本昌に対して後のない西武はローテーションの石井貴を飛ばしてエース・松坂をマウンドに送ります。
第6戦は松坂に抑えられ、2対4で西武が勝利。決着は第7戦までもつれ込みました。
最終戦の第7戦。中日・ドミンゴと西武・石井貴の先発でしたが、西武打線が活発で2対7で敗戦。
ドラゴンズは日本一に届きませんでした。
岡本続投の采配を受けて
2004年の日本シリーズに負けたころから、落合監督は急速に選手から距離を置くようになります。
森繫和コーチは自著「回想」の中で、日本シリーズ第3戦の岡本交代について、落合監督と話をしたことはなく、「講演で一緒になったら訊いてみようかと思う」と述べています。
選手の声を聴いて采配をしたことを落合監督は後悔しているのか、それは分かりません。
しかし3年後の2007年、山井の完全試合にもかかわらず最終回に岩瀬を投入した落合監督の元には、「あの場面は岩瀬さんしかありえない」という選手の雰囲気も届いていたでしょう。
冷血漢に思われる落合監督ですが、2006年のリーグ優勝時に歓喜の涙を流すなど、やはり血の通った人間であることは間違いありません。
この2004年の交代劇は岡本の胸にも突き刺さるものがあったようですが、そんなに尾を引くようなものではないのではと思います。
